敵と味方の境界線

引きこもりの男の子がいる。

 

 

本来なら、まだ学校に通う年齢。

 

 

そんな男の子を、その母親が私の店に連れてきた。

 

 

 


男の子の名前はA君としよう。

 

 


A君は姿勢が悪く、背中の痛みを訴えてきた。


 

 

A君に話かけたけど、彼はそこにはいなかった。


 

話かけても聞いているのか、いないのか。
 

 

無視するわけでもなく、うなずくわけでもない。

 

 


目線はあさっての方向。
 

 

 

自分はこの世に存在しない。


 

 

そんな第一印象だった。
 
 

 

 

人が嫌いなのか。

 

 

人がニガテなのか。

 

 


放っておいてほしいのか。

 



さてどうしたものか・・・

 

 

 

 

 


A君は度々お店へ来るようになった。


 
A君を施術している間、お母さんはツタヤに行っている。
 

 

男同士、2人っきりの30分間。


 
 
まずは彼に『味方』だということを伝えなくては。
 
 
言葉以外の方法で。
 

 

仲良くなるには、相手に興味をもつしかない。
 

 

でも私は彼に、無理な詮索はしなかった。

 

 

 

彼の心地よい距離感を保ち、話をする。

 

 

 

 

 

数回会ううちに、ポツリポツリと会話が成立するようになった。


 
 
ある日、彼は自分が大好きなゲームの話を始めた。

 

 

 

  

せきを切ったように喋る。

 

 

喋る。

 

 

 

目が輝いていた。


 
 

 

 

それから彼は、なぜがか私に心を開いたようだ。
 
 

 

なぜ引きこもりになったのか。
 
 
将来どうしたいか。
 

 

とっておきの秘密まで、私に教えてくれた。
 

 

 

 

 

 

A君は母親に連れられて、引きこもりのカウンセリングにも行っている。


 

 

『この前のカウンセリングどやった?』

 

と聞くとA君は表情を曇らせる。


 

カウンセラーには、心を硬く閉ざしているようだ。

 

 

 

 


私とカウンセラーの違いはなんだろう。

 


 
 
 
一所懸命に考えた結果、立場の違いだと気付いた。


 
 
 
カウンセラーは、話を聞こう聞こうとする。
 

 

それを分析し、彼が引きこもりを辞めるよう働きかける。 

 

 

カウンセラーにとって、それが仕事だし、それがゴールだからだ。
 

 

でもA君にはそれが『詮索』と『誘導』にみえる。
 

 

だからカウンセラーが敵に見える。

 

 

そして心を閉ざす。


 
 
ゴールのズレている者同士に、コミュニケーションは成り立たない。

 

 

 

 

A君が欲しいのは、アドバイスではなく理解じゃないのかな?

 

 

 

私はA君と、くだらない話をする。

 

 


 

まるでクラスメートが、休み時間にだべっているような会話。
 

 

彼はそんな話がしたいんじゃないのか。

 

 

 

好きな女の子のタイプや、好きなゲームの話。
 

 

私は、昔に行ったキャバクラの話や、合コンの話なんかもする。
 
 

やっぱり男の子だから、そんな話に興味があるんだろう。
 

 

 

 

 

私の話を聞いてゲラゲラ笑っている。

 

 

ふつうの男の子だ。
 

 

A君は高卒の資格をとるために、家でちゃんと勉強しているようだし。

 


 
私のように、一匹狼肌なだけかもしれない。


 
 
シャイなだけかも。
 
 

無理に動かす必要はなんじゃないのか。
 
 
 

 

 

私とバカな話をしていて、
 
 
 
『人も案外いいかもな』

 

 

と思っているのか

 

 

『やっぱり独りがいい』

 

 

と思っているのかは知らない。

 

 

 

 

 

ただ、合コンには行ってみたくなったようだ。