探し物

人間は大人になると、日頃の行いや自分の心のあり方を見つめなおす時がある。

 

 

例えば子供が産まれたとき。

 

 

例えば医者に病気を宣告されたとき。

 

 

例えば突然の事故や会社の倒産、身内の不幸など。

 

 

人によってタイミングは様々だと思う。

 

 

 

 

私の場合は免許証をなくした時であった。

 

 

 

 

ある休みの日。

 

 

朝一でとある業者さんのところに行った。

 

 

ちょっとした商談事である。

 

 

このとき免許証のコピーをとった。

 

 

業者さんの対応はあまりにも悪かった。

 

 

彼らの都合だけをこちらに押し付け、横柄な言動をとり、都合の悪い話は伏せたまま話を進めようとしてきた。

 

 

 

すかさず私は応戦した。

 

 

彼らの説明の矛盾点を一個一個突き上げ、訂正させ、冷淡かつ理路整然と商談をすすめた。

 

 

結果、かなりこちらの優位に商談は終わった。

 

 

商談の現場は終始いやな空気が流れていた。

 

 

 

 

 

その日は忙しく、他にもいくつかまわった。

 

 

市役所にも行った。

 

 

そこで身分証明として免許証が必要だった。

 

 

 

しまった。

 

 

免許証は車に置いてきてしまった。

 

 

仕方がなく駐車場へ戻った。

 

 

車に乗り込み、ダッシュボードを見た。

 

 

ない。

 

 

カバンを見た。

 

 

ない。

 

 

車のシートや座席の下もみた。

 

 

免許証がない。

 

 

 

脂汗というのはこれをいうのか。

 

 

滝のようにベターっとした汗がでてきた。

 

 

 

 

落ち着け。

 

 

大丈夫。

 

 

朝の業者さんのところで免許証は出したじゃん。

 

 

きっとあそこだ。

 

 

業者さんに電話してみた。

 

 

業者さん『免許証?いや~ないですね。一応探してみますけど・・・。』

 

 

 

 

実は早急に免許証が必要だったのだ。

 

 

だから業者さんや市役所をまわっているだ。

 

 

いま免許証がないとかなりマズい。

 

 

書類が間に合わない。

 

 

 

 

私は業者さんを疑った。

 

 

『本当はそこに免許証があるはずなのに隠しているな。』

 

 

『朝の一件の仕返しで私を困らせようとしている。』

 

 

きっとそうだ。

 

 

人間は不都合なことがあると、原因を他に押し付けるものだ。

 

 

 

 

しかし、朝の業者さんへの自分の言動は、反省するべき部分がある。

 

 

 

 

少なくとも、もっとジェントルメンに話を進め、清々しく商談が終わっていれば彼らを疑うことすらなかっただろう。

 

 

身から出た錆というやつか。

 

 

 

 

 

 

しかたなく、警察に電話したが免許証の落し物はない。

 

 

その日に行ったところ全部電話したがない。

 

 

 

 

 

なぜ私がこんな目に。

 

 

 

 

落し物があれば、もちろん私は交番へ届ける。

 

 

先日も落ちていた財布を交番に届けたところだ。

 

 

『御礼はどーしますか?』

 

 

とお巡りさんに聞かれ

 

 

『いや。ケッコーです。』

 

 

と御礼をサラッと辞退できるような、スタイリッシュさと、モラリズムを兼ね備えている私である。

 

 

 

そうだ。

 

 

私は平素から善良な市民である。

 

 

 

だから免許証もきっと誰かが拾って届けてくれるはず。

 

 

 

 

朝の自分の言動を反省したり、普段は善良な人間だと思ったり。

 

 

私の心は揺れていた。

 

 

 

 

 

困っている人にめっぽう優しいナイスガイな私が、横柄な人やモラルのない人には容赦ないときがある。

 

 

自分のなかでそれが正義だと決めつけていたが、違ったのかもしれない。

 

 

 

 

家に帰って免許証をなくしたことをヨメに告げた。

 

 

するとヨメが『私が探す』と言い、懐中電灯を持って駐車場へ行った。

 

 

 

人間は同じところばかり探す習性があるらしい。

 

 

だから人が変われば見つかることが多い。

 

 

ましてや、探し物をさせたら西日本一と噂されるうちのヨメ。

 

 

期待は急上昇。

 

 

手に汗握る。

 

 

高まる鼓動。

 

 

10分ほどして『なかった~』とヨメが帰ってきた。

 

 

万事休す。

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

車をもう一回さがした。

 

 

やはりない。

 

 

仕方なく、なんとか仕事の合間をつくり、免許センターへ向かった。

 

 

さすがに納得がいかない。

 

 

やっぱりあるはずだ。

 

 

私は運転しながら免許証を探した。

 

 

運転席のシート(自分のお尻のところ)に手をやると出てきた。

 

 

なにがって?

 

 

免許証が。

 

 

探しはじめて5秒であった。

 

 

見覚えのある免許証である。

 

 

なぜだかジャージで免許の更新に行き、そのまま写真を撮った。

 

 

この写真は間違いなく私の免許証である。

 

 

なぜ?

 

 

 

あれほど探してなかったのに。

 

 

ヨメも探したのに。

 

 

そもそも、ここに落ちていれば、運転席に乗り込むときに気付くはずだ。

 

 

ともあれ、免許証が見つかって良かった。

 

 

そして、業者さんを一瞬とはいえ、疑ったことを恥じた。

 

 

さらに、昨日彼らと良好な関係が築けなかったことも後悔した。

 

 

 

 

今回の出来事は、きっと『自分の言動を振り返ってみなさい。』という忠告なのだと思う。

 

 

人間は後悔がないように生きなくてはいけない。

 

 

 

どんな時でも。

 

 

どんな状況であっても。