優しい嘘

 

ある日の朝10時。

 

 

大阪から来るはずの営業マンが来ない。

 

 

連絡しても繋がらない。

 

 

 

 

せっかく1時間も空けていたのに。

 

 

失礼しちゃうゼヨ。

 

 

 

 

 

11過ぎに営業マンから電話がきた。

 

 

営業マン『すいません。少し遅れてまして。』

 

 

営業マン『今から行っても大丈夫ですか?』

 

 

営業マン『11時半には着きます。』

 

 

 

 

 

当然予約がはいっているので無理だ。

 

 

その旨を伝えた。

 

 

 

 

営業マン『あぁ。すいません。_| ̄|○

 

 

営業マン『遅れてしまい本当に申し訳ございません。』

 

 

営業マン『ではお昼休みか、午後でもお会いできませんか。』

 

 

電話の向こうで、何度も頭を下げているのが分かる。

 

 

 

 

坂本『うーん。ちょっと今回はいいです。』

 

 

営業マン『うゔぅ。分かりました。_| ̄|○

 

 

営業マン『申し訳ございばぜん。_| ̄|○

 

 

 

 

 

 

さて、午前中最後のお客さんが帰った。

 

 

お弁当を食べようとしたら、誰かが入ってきた。

 

 

 

営業マン『すいません。』

 

 

営業マン『○○企画の鬼瓦()です。』

 

 

 

 

例の営業マンだ。

 

 

鬼瓦『先程は大変失礼しました。』

 

 

鬼瓦『10分でもお時間頂けないでしょうか。』

 

 

 

 

どうやらうちの店に到着してから、ダイソーで客足が途絶えるのを見計らっていたらしい。

 

 

鬼瓦さんは30代男性。

 

 

顔面蒼白だった。

 

 

鬼気迫る表情と大量の脂汗。

 

 

唇は真っ青。

 

 

こんな顔色悪い人、初めて見た。

 

 

 

 

 

 

 

海外旅行到着初日に、財布とパスポートを無くした時の顔面だ。

 

 

もはや泳いでジパング上陸を目指すしかない。

 

 

 

 

 

目の前にいる彼が自分と重なる。

 

 

こんな大ピンチ、私にも身に覚えがある。

 

 

時を経て、自分が逆側の、許しを請われる側の立場になるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

なぜ1時間半も遅刻したのか聞いてみた。

 

 

なんでも朝5時に家を出るはずが、寝坊して7時半に家を出たと。

 

 

さらに通勤ラッシュに巻き込まれて、大幅に遅れたのだとか。

 

 

 

 

 

寝坊はともかく、アポイントの時間を過ぎても連絡をくれなかったのが私は気になった。

 

 

 

今回の営業は、ここに来るまでに、彼だけでなくリサーチや資料作成など、何人もの人間が動いているはずだ。

 

 

私も何度も電話して、メールして、打合せを重ねてきた。

 

 

その最後の詰めで来た営業だった。

 

 

 

 

 

 

彼もこのままでは帰れないのだろう。

 

 

顔面蒼白で、本当に死にそうな顔をしている。

 

 

 

 

このまま帰したら

 

 

『万策尽きた。無念なり。』

 

 

とか言って、切腹するんじゃないかと心配になった。

 

 

 

 

でも、私も時間がなかった。

 

 

仕方なくお帰り頂いた。

 

 

 

 

 

彼が事故せず無事に大阪へ帰ったか気になった。

 

 

彼がかなり動揺していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日ほどして、彼の上司から電話があった。

 

 

遅刻の謝罪電話ではなかった。

 

 

 

 

 

上司『先日、鬼瓦がお伺いしたと思うのですが・・・』

 

 

上司『具体的に当社の提案のどの辺りが、ご希望に添えてなかったですか?』

 

 

なるほど。

 

 

鬼瓦さんは、営業に行ってプレゼンをした結果、契約には至らなかったと上司に報告してるらしい。

 

 

 

 

私は迷った。

 

 

適当に値段が合わないとか言っておけば良かった。

 

 

でも、本当の事を言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

上司はビックリして、私に何度も謝罪してきた。

 

 

私は鬼瓦さんを、奈落の底に突き落とそうと思ったわけではない。

 

 

だから、あまり大ごとにはしたくなかった。

 

 

でもなぜか、本当のことを言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

私も彼のように、やらかした事は何度もある。

 

 

彼の痛みも理解できるし、同情もする。

 

 

 

 

だから、上司と電話を切ったあと、

 

 

『しまった。(゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)

 

 

と思った。

 

 

なぜ優しい嘘をついてあげなかったのかと。

 

 

 

 

 

心のどこかで、彼の対応へのわだかまりがあったのかもしれない。 

 

 

だから、嘘がつけなかったのかもしれない。

 

 

優しい嘘がつけなかったから、いま自分の心がモヤモヤしている。

 

 

 

 

 

 

 

なにが正解だったか、自分でも解らない。

 

 

ただ一つ。

 

 

彼が上司から酷い叱責を受けるのは、安易に想像できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

鬼瓦さんが心配になり、上司に彼は元気かと電話してみた。

 

 

私のせいで、酷い目に合ったのではないかと。

 

 

 

 

上司が言うには、

 

 

『お気遣いありがとうございます。』

 

 

『大丈夫です。』

 

 

との事。

 

 

 

 

 

本当だろうか。

 

 

遅刻はともかく、上司への嘘の報告は大きなペナルティとならないか。

 

 

 

 

 

彼が無事ならいいが。

 

 

彼が今回の件を笑い話にしていればいいが。

 

 

モヤモヤするぜ。